児島玲子さん

児島玲子:フィッシングシーンをお茶の間に持ち込んだアイドルというだけでなく、その実力は誰しも認めるところ。年々活動の場を拡げ世界を釣り歩くことも多くなったが、父親が沖縄県出身という縁もあってか、沖縄の釣りはいたく好きでプライベートでもよく訪れている。





玲子のグルクン初体験

   サザンフィッシングvol1より

(2006年初夏。サザンフィッシング創刊にあたり、児島玲子さんをお招きしてグルクン釣りを楽しんだときの模様です。)
いよいよ今年もグルクン釣りがスタートする。


グルクン(タカサゴ)に始まりグルクンで終ると言われる沖縄の沖釣り。通年狙うことは可能だが、棲息域は冬に50〜70m、夏場には20m前後に落ち着き、当然浅い夏に恰好のターゲットとなる。グルクンのタナが浅くなると沖縄に夏が訪れるわけだが、今季はまだ水温が落ち着かず釣果が定まらないという。なんとか沖縄の文化に深く根ざしたこの魚を玲子さんに釣ってもらいたいのだが。

例年シーズン当初は日ムラがあり、釣れたり釣れなかったりを繰り返して本格化するグルクン。案内していただくマンモス丸の宮里船長に釣況を聞くと「200匹釣った翌日に5匹ってこともあるからね・・・」と冴えない。つい1週間前にも10名を乗せた午前船が船中3尾と記録的に低迷したと追い打ちを掛けた。我々の調べでも、ベテランを乗せてテストに出た別船が断腸のボウズを喰らっていた。悪条件は重なり、前日は終日にわたり土砂降り。小型魚グルクンは低気圧に弱く不安は募る。おまけに玲子さんにとってグルクンと言えばGTゲームのナブラ打ちのベイトというイメージだ。「サビキで釣ったことがないんです」取材班の額に脂汗がにじんだ。ところがここでキャプテン宮里の『船頭の勘』が火を吹いた。前日の土砂降りのなか全くプラス材料がないのに「爆釣の予感がするんだよね」と言い放ったのだった。

 

キャプテン宮里からグルクン釣りの熱いレクチャーを受ける玲子さん。

出船前、玲子さんはキャプテン宮里からグルクン釣りの熱いレクチャーを受けた。空には見る間に晴れ間が広がり、コンディションは急上昇。魚探の中層にはグルクンらしき反応がぽっかりと浮かび上がる。「この群は釣れないね。直ぐに移動してしまうからね」この時季特有の現象で、中層のグルクンは食欲に鈍感だと言う。「底にいる奴を狙いましょう」船はナガンヌ南をなめるように流し、グルクンの巣をあばき出していく。やがてアンカーが放たれ仕掛けが投入され始めた。水深は35m。平均的な初夏のタナだが、北から流れてナガンヌ島を巻くように西に走る潮が結構速い。使うオモリは60号。このダチのグルクン釣りとしてはこの海域以外ではあまり使用しない重さだ。ところで喰いは渋く、キャプテン宮里の教え通りに竿を振る玲子さんに本命のアタリがこない。暗い前情報が今更ながらに気になってしまう。

グルクン釣りといえば仕掛けが着底したら糸ふけを取り、竿を大きくシャクってコマセを振りだしながらタナを縦に探っていく。盛期だと投入する毎に2点3点と鈴なりに掛かり、あまりにも簡単に釣れるためにその時季にしか釣らない人を勘違いさせてしまう。ベテランほどこの釣りの難しさを知り、奥の深さに他魚を忘れ一年をグルクンに費やす。海に初夏の匂いが満ち満ちる当日、底にくすぶる魚を相手に上級者ほど夢中になっていた。キャプテン宮里の支持は一貫して底狙い。仕掛け着底後にコマセを振り出したら竿を戻し糸を送って底に這わせる。たまの根がかりは愛嬌だ。
丁寧に聞き上げるとたまらずにグルクンが喰いついてきた。

「おねえさん上手いね。訓練受けたの?」と遠い昭和の匂いがする褒め言葉をもらった玲子さん。

当日は大潮。陽が高くなるにつれ潮が緩み、左舷ミヨシの玲子さんに吉潮へと変わった。まずベタ底からハギを引っこ抜き、ヒメジを釣り上げた。掃除が終ったところでグルクンに取りかかる。まずコマセを振って誘い上げ、一旦落として今度は丁寧に聞き合わせる。するとグルクンがたまらずに飛びついて来た。1尾ずつだが確実に活性は上がり、周りもぽつぽつと乗せ始めた。釣れるグルクンのサイズはまちまちだが、船中いたるところが活気づき、とうとう夏がやって来た。眩しくひときわ大きな夏の中に玲子さんのロッドが絞り込まれた。ハギもロッドを曲げたがその比ではない。「グルクンじゃないかも」やがて500gはありそうな2尾のグルクンがぽっかりと抜き上げられた。彼女の巧に、隣の釣り人は遠い昭和の匂いがする褒め言葉を贈った。「おねえさん上手いね。訓練受けたの?」かくして玲子さんは、沖縄の『正しい夏のお迎え』を体現したのであった。



         児島玲子オフィシャルサイト

マンモス丸




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